環境問題への関心と深く関係していることですが、このところ「スローフード」「スローライフ」という言葉をよく見聞きするようになりました。スローフードとはファストフードの対語として登場してきた言葉で、ファスト(速い)からスロー(ゆっくり)を目指しています。
このスピード化の時代にあって、お気軽で便利なファストフードが私たちの食生活のなかに定着しています。しかし、一方でどのような食材が使われているのか分からない、伝統的な食文化が荒廃してしまう、と危惧する声があがっています。
特に狂牛病(牛海綿状脳症:BSE)や鶏インフルエンザなど食品にまつわる事件が起きて以来、誰もが日頃口にする食品の安全に無関心でいられません。また、農薬を使わない、もしくは可能な限り農薬を減らした野菜など食材と健康に気を使う人も増えています。
こうした不安な社会情勢を反映してか、安全な食を求める消費者が連帯し、有機農法を実践している生産者を支持し、食のエコロジー活動を展開しよう、という意味あいもスローフードに含まれています。
さらに、食だけでなく生活スタイルにまで枠を拡げて、住まいや暮らし方と健康・安全についても考えようというのがスローライフといえます。
スローフード、スローライフの支持者は、リタイアした人をはじめ中高年層を中心に、ゆっくり(スロー)ではありますが着実に増えているようです。特に、もうすぐ定年を迎えようとしている団塊の世代にその傾向が強いように思います。
それは、年を重ね健康に留意しなければならない年齢に達していることもあるでしょう。また、仕事に忙殺されるあまり5分で昼メシをかっ喰らい、次の仕事に突入するといった、かつての体力が失われてしまったこともあるでしょう。
でもそうした理由だけでなく、私も団塊世代のひとりとして思うのですが、精神的、時間的に余裕を持った生活をしたいというよりも、スローな世界を実際に体験している最後の世代ではないかと考えるからです。
団塊世代の少年、少女時代はスローな生活がごく自然なことでした。豆腐は豆腐屋さん、魚は魚屋さん、野菜は八百屋さんから買っていました。家も近所の大工さんが施工し、安普請のせいか建て付けが悪く隙間風と同居していました。
こうしたことが、必ずしも食や住まいの健康・安全と結びつくわけでありません。が、少なくとも現在のような漠然とした不安に苛まれることなく、フェイス・バイ・フェイスの信頼感がありました。
高度経済成長とともに、これらの生活スタイルが消えていったわけですが、貧しいながらも穏やかな時間が流れていたし、公害に代表される環境問題が世間を騒がせるのは、もう少し先のことでした。
こうしたノスタルジーが団塊世代をスローフード、スローライフへと向かわせているのではないでしょうか。 |